歩けるようになれば、そこでリハビリは終わるのか?

歩けるようになれば、そこでリハビリは終わるのか?

歩けるようになれば、そこでリハビリは終わるのか? 1254 1254 広島県広島市西区にある筋膜リリース専門の整体院 青体-SEITAI-です。

理学療法士として働いていたとき、80代の女性を担当したことがあります。

入院された当初は食事もあまり取れておらず、身体もかなり弱っていました。

立ち上がるにも介助が必要な状態でした。

そこから少しずつリハビリを進め、立てるようになり、歩行練習へ移っていきました。

この方の場合、歩行能力は比較的短い期間でも変化していました。

だからこそ、施設への退院が決まったとき、

「今、何m歩けるのか」だけを伝えて終わっていいのか

ということを考えました。

両手で支えるところから始まった

歩行練習は、平行棒の中から始めました。

最初は両手で支えながら歩く。

そこから身体の状態やバランスを確認しながら、片手で支える練習へ移っていきました。

片手支持へ移ってからは、1週間ほどでほぼ見守りで歩けるところまで変化しました。

次に進めたのが杖歩行です。

杖を使った歩行では、まだ完全な見守りという段階ではありませんでした。

ただ、大きな介助が必要だったわけでもありません。

少し支える程度で、10mほど歩けるところまで来ていました。

私としては、

「ここから杖で歩く距離を伸ばしていこう」

と考えていました。

ところが、そのタイミングで施設への退院が決まりました。

「杖で10m歩ける」だけでは分からない

退院時の状態だけを見るのであれば、

「杖歩行10m程度可能」

と伝えることができます。

もちろん、現在の歩行距離や介助量を伝えることは必要です。

しかし、それだけではこの方の状態を十分に伝えられないと考えました。

なぜなら、この10mはずっと変わらなかった10mではないからです。

両手で平行棒を持って歩く。

片手支持へ進む。

約1週間でほぼ見守りになる。

さらに杖歩行へ進み、少しの支えで10m程度まで歩けるようになる。

この方は、まだ歩行能力が変化している途中でした。

同じ「10m」でも意味は違う

リハビリでは、歩行能力を距離で表すことがあります。

10m。

20m。

50m。

数字は分かりやすい情報です。

しかし、同じ「10m歩ける」という人でも、その中身は違います。

長期間10mから変わっていない人。

介助量が少しずつ減りながら10mまで来た人。

数日前まで両手で支えていた人が、杖へ移行して10mまで来た人。

現在の結果が同じでも、そこまでの身体の変化は違います。

だから私は、

現在どのくらい歩けるのか。

どのくらい介助が必要なのか。

どのような補助具を使っているのか。

だけでなく、

「ここまで、どのように身体が変わってきたのか」

も大切な情報だと考えています。

退院したあとを病院側が決めるわけではない

もちろん、施設へ移ったあとにどのようなリハビリをするのかを、病院側が決めることはできません。

施設には施設の環境があります。

人員や支援体制も違います。

本人の身体の状態も変わる可能性があります。

だから私にできるのは、

ここまでの経過と現在地を伝えて、その先を託すこと

でした。

「施設でも必ずこの練習をしてください」

と決めるのではありません。

次に関わる人が判断するために必要な情報を残す。

それも退院時には必要だと思います。

身体を見るときも「今」だけで判断しない

これは現在、整体で身体を見るときにもつながっています。

例えば、

「今日はここまで動いた」

「今日は痛みが少ない」

という現在の状態だけを見るのではありません。

前回と比べてどうなのか。

動ける範囲はどう変化しているのか。

痛みが出る動作は変わったのか。

生活の中でできることは増えているのか。

必要に応じて筋膜リリースなども行いますが、一回の身体の変化だけで判断するのではなく、そこまでの経過を含めて現在の身体を見ることを大切にしています。

回復の途中に、区切りが来ることもある

病院を退院する。

施術の一つの期間が終わる。

それは一つの区切りです。

しかし、

区切りが来た日と、その人の身体の変化が終わる日は同じとは限りません。

今回の方も、私から見るとまだ歩行能力が変化している途中でした。

だからこそ、

「今何ができるのか」

だけではなく、

「ここまでどう変化してきたのか」

「この先、何を確認していく必要があるのか」

まで見る。

一時点の結果だけではなく、そこまでの変化を含めて身体を見ることを、現在も大切にしています。

広島市西区横川町1丁目
整体院・青体